この記事は結構前に走り書きしたものをずっと公開せずにいたものです。2年近く経ってますがその時感じた気持ちはそのまま表現しています。

僕は割とひねくれた人間です。
プライド月間も結構冷めた目で見ています。
でも、ちきりんさんがvoicyで取り上げているのを聞いて態度が一変。
めっちゃ興味わくしちょっと違った見方してみようかなって思った単純なワタクシ。

それに気づいた時、これが当事者じゃない相手の気持ちだ!ってリアルに感じた。

「今まで関わったことなかったけどお前なら認める」

そういう言葉はあまり好きではなかった。
相手は僕を褒めたくて言ってくれているのは十分感じるんだけど、僕以外を排除しているようで何か嫌だった。
頭では分かっているつもりで「気持ちだけありがたく受け取ろう」と思ってた。

でも、僕がvoicyで感じた感覚ってその相手の気持ちにちょっと近いのではって気付いた。
それが頭での理解ではなく心からの理解に近い感覚を得たようなリアルさを感じた。

僕が受け取っていたのはそういう意味じゃなかったんだと気付いた。(近いニュアンスかもしれないけど全然違う)
今まで持っていた自分の気持ちは関係なく、お前の話なら聞きたいっていうニュアンスでもあったんだ。
お前以外の誰かについての話とかではなく、「目の前のお前なら知りたい」とか「自分の中のノイズも出ない」っていう感覚。
そういう視点か!ってハッとした。

ただ褒めたいって話じゃなくて単純に

“あなたが言うなら聞きたい。知りたい。”

それ良いよね。嬉しいよね。
余計なこと考えずにそのまま受け取れる。

トランスジェンダーとして見てるというより友人として僕に興味があるっていうこと。
もちろん当事者として見ていないわけじゃないけど、人として興味があるっていうこと。

自分の関わりのない世界なんて興味ないとか、何か嫌だとか何かしらの偏見があったとしても、いざカミングアウトされた時にどう感じるかなんて相手によるよねって改めて思う。

好きも嫌いもあって良い。

相手によって変えて良い。

考えだって常に変わっていくもの。

変わるきっかけは何かの刺激。

その刺激の1つが他者であるということ。

そしてその刺激が相手にとって良いニュアンスであったならこんなに嬉しい事はない。

結局はコミュニケーション。

プライド月間だとかそういう活動って、相手に押し付けてるみたいで対話じゃないように感じる部分があって避けてたんだけど、自分のこの「ちきりんさんが話すなら聞いてみたい、考えてみたい」っていう刺激なら受け入れられる。
とんでもなくえこひいきな考えだけど、これが人間だよなって思う。
自分の考えを180度変えることもできる“えこひいき”ってすごいパワーを持ってるよね。

ちなみにプライド月間とかそういう活動について否定したいわけじゃなく、自分は考えが違うというだけです。
そこは誤解なきようよろしくお願いします。

おこがましくてすみません。

ABOUT ME
ずしょー
国内で性転換手術を受けたけど基本的にオープンに生きてます。当事者の代弁者でも代表でもなく"一サンプル"として発信してます。